病気と治療の人類学「なぜもっと早く診療を受けなかったのか?」

今日は少し真面目なお話です。
歯医者さんに限らず、お医者さんの多くは「なぜもっと早く診療しなかったのか?」と思った経験があるのではないでしょうか?「そもそもなぜ毎日の歯磨きをきちんとしないのか?」「なぜ定期的に検診を受けないのか?」「なぜ痛みが出た段階ですぐに治療に来ないのか?」などなど…お医者さんに目から見ると非合理的(・・・・)に映る行動も多いものです。今回はそんなお医者さんたちの疑問に、医療人類学の観点から迫ります。

医療人類学(Medical anthropology)の誕生

医療人類学の誕生は1970年代後半にまでさかのぼります。医療に人類学的な視点を取り入れる重要性を最初に指摘したのは、ご存知アーサー・クラインマン教授。彼はスタンフォード大学で医学博士号を取得した後に、ハーバート大学で社会人類学の修士過程を修めたというユニークな経歴の持ち主です。彼が1988年に出版した「病医の語り(The Illness Narratives)」はのちの医療のターニングポイントとなりました。

「疾患(Disease)」と「病い(Illness)」の二分法

クラインマン教授の研究のもっとも特筆するべき点は病気を「疾患」と「病い」に分けて考える必要性を指摘したでしょう。クラインマン教授によれば、「疾患」とは医療の専門家が、その知識を用いて患者の症状にあたえる定義のことであり、「病い」とは専門的な知識を持たない患者の自身の症状への理解や彼らの中の病気の概念、またその病気の経験のことです。言い換えると、「疾患」は病気の医学的なカテゴリーで、「病い」は病気の個人的な経験だと言えます。クラインマン教授は医療の実践や教育の場において、病気の「病い」の側面が過小評価されてきたと指摘しました。

「病い」の重要性とは?

この考えはすでに医学教育の場にかなり浸透しているのでわざわざ説明をする必要はないかもしれませんが、なぜ「病い」に注目する必要があるのか?についてもう一度考えてみましょう。

例えば、2人のがん患者を思い浮かべてみてください。1人は高齢の男性で妻はすでに他界しており、子供達も自立して生活しています。もう一人は30代の女性で2人目の子供はまだ未就学児です。この2人のがんの症状が医学的には全く同じだったとして、この2人がする「がん」の経験やがんの捉え方も同じでしょうか?

仮に全く同じ状況の高齢男性2人、30代女性2人を比べたとしても、その人たちの「がん」に対する認識、反応などが異なるのは明らかでしょう。そのためいくら医学的に合理的であるからといっても「がん=〇〇」というような治療方針の決定は不可能であり、「病い」の側面を考慮した治療が求められるのです。

医者と患者の「説明モデル」の違い

クラインマン教授はこの「疾患」と「病い」の二分法から出発し、治療過程は治療者と患者が持つ「説明モデル」の相互交渉であると論じています。一般的に治療課程とは治療をする意思が、医学的な知識をどう噛み砕いて患者に伝えるのか?という問題とみなされてきました。しかし、クラインマン教授とは患者の説明モデル、つまり患者が病気の原因、症状、対処法をどのように捉えているのかということにも同様の注意が払われるべきだと指摘しました。

虫歯を例に考えてみましょう

歯医者さんであれば虫歯の原因について歯科学的な専門知識を用いて説明するでしょう。食生活、歯磨きの仕方、虫歯菌、唾液の量、歯石の有無など様々な要因が考えられ、患者さんの口腔内の状態や生活に関するヒアリングを通じてその原因を推測・特定していくのではないでしょうか?

一方、患者さんの多くは虫歯に対する専門知識を持っていません。そのため、「私は毎日歯を磨いているから虫歯にはならないはず」「甘いものがきらいなので僕は大丈夫だ」などなど、それぞれの解釈で理解しています。また、虫歯に、なった場合も「最近、チョコレートを食べていないのになんで!?」と怒る人もいれば、「虫歯のようだけど痛くないから放っておいて平気だろう」と楽観視してしまう人もいます。

専門的知識のある歯医者さんの視点から考えると、非合理的(・・・・)な行動ですが、この患者さんたち個人個人の「説明モデル」を理解しないことには患者さんの「病い」を理解し、それを一緒に治療していくことはできません。

どうやって「患者の世界」を理解するのか?

この点については人類学だけでなく、臨床心理学の分野で様々な議論が行われてきました。著名な心理学者である故・河合隼雄さんは「ただ聞く」を推奨しています。「ただ聞く」とはどういうことでしょうか。「ただ聞く」とはアドバイスはせずに、相づちを打ちながら話を促すことに徹することです。それによって患者さんが話したい世界を、患者さんの言葉で話させることができます。一方、下手に割り込むと患者さんの話の流れを妨げてしまい、相手の世界には入っていけません。

一例として、患者さんが「私は田舎の出身です」と話し始めた時に、聞く側が「ああ、田舎なんですね。いいですね、空気が綺麗でしょう」と答えたとしましょう。この返答は「田舎」に対してポジティブなイメージを与えます。そうすると、患者さんが「田舎」に対して悪いイメージを持っていた場合、その話ができなくなってしまうのです。そのため、河合さん曰く、「ただ聞く」ために必要な返答は「へえ、田舎のご出身なんですね」、つまりオウム返しです。

歯医者さんの「聞く力」
こうした研究は多くの場合、臨床心理の世界やがんなどを代表とする長期的な治療が必要な医療の分野で進められてきました。そのため、歯科医さんが「聞く力」について考える機会はあまり多くないかもしれません。しかし、実は患者さんとの関係を構築する上では欠かせません。

「歯が痛いんです」
「右の奥歯に虫歯になっていますので、治療が必要ですね。虫歯になっている部分は削って、被せ物をしましょう。」

という歯医者の説明モデルを使って一方的に話してしまってはいませんか?しかし、患者さんの虫歯や治療に対する反応は様々です。

例えば、筆者は中学生くらいまで銀歯に対して「かっこいい」というイメージを持っていました。そのため、上の歯に最初に銀歯をかぶせた時は大人になったような気がして、少し嬉しかったような記憶があります。

しかし、現在は下の歯の左右同じ位置にある銀歯が口を開けた時に見えてしまうことには抵抗があります。これが片方であったり、位置がずれていたりすればここまで気にはならなかったでしょう。そのため、歯学的な知見からみれば不合理かもしれませんが、「下の歯の片方だけはセラミックにしておけばよかった」と思う時があります。筆者は「銀歯には抵抗がないが、左右対称の位置に銀歯があるのは嫌だった」わけですが、治療をしてくれた歯医者さんにそれを伝えることができず、治療にはすこし不満が残ります。

患者個人個人の世界に入っていくにはある程度のトレーニングが必要です。また、スピードも求められる現代において、ゆっくり時間をかけて診療することは難しい側面もあるでしょう。しかし、患者さんの世界(病い)を理解しようと試みるだけでも、患者さんの治療への満足度を格段に高めることができるでしょう。